【6月】

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 上州真田三名城ウオーキング

 5月26日、戦国真田武将・真田氏が吾妻地域統一の拠点とした岩櫃城跡を歩いて巡る「上州真田三名城ウオーキング2019」(上毛新聞社主催)が行われました。

 当日は、一般・城跡コースと岩櫃山登山コースの2コースが用意され、県内外から約220人が参加をしました。東吾妻町役場を発着点とし、かつて真田軍が信州上田との往復に使用した真田道や不動滝、岩櫃城祉で真田の足跡を辿りました。

 町観光ボランティアガイドなどの協力により、参加した人たちは安全に山道の新緑と岩櫃山の雄大な眺望を楽しんでいただきました。またゴール後には、町食生活改善推進員から地元食材をふんだんに使った「いわびつ汁」が振る舞われました。

 熱中症の心配のある中での開催でしたが無事に行うことできました。

 この辺りや吾妻渓谷は紅葉の季節になると美しく映えるかと思いますので、またのご来町を心よりお待ちしております。 

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戦国真田の岩櫃城跡探検隊第十九弾「大阪脱出から四百年を語る真田の子孫達」

 5月26日、真田特別講演会(地域おこしグループ・あざみの会主催)が行われました。

 講演会には、仙台真田家当主の真田徹氏と、宮城県蔵王町教育委員会の佐藤洋一氏にそれぞれ真田氏について講演していただきました。

 真田徹氏には、「仙台真田家当主として」という演題のもとお話いただき、名将真田幸村や父親の昌幸、幸村の子どもたちについて語られました。

 真田幸村といえば、猛々しい武将のイメージが強いですが、その素顔は物静かで優しい人物だったと伝えられています。6人の妻との間に四男九女、13人の子を設けたといわれ、子煩悩で家族思いの優しい父親像が浮かびます。

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 佐藤洋一氏は、宮城県蔵王町と真田との関係性について語られました。

 真田氏がなぜ宮城県内の蔵王町と関係があるかというと、真田幸村公の子女5人が戦火をかいくぐり、密かに白石城主片倉重綱のもとで養育されていたからです。その後、5人のうち幸村公の五女阿梅は片倉重綱の妻となり、次男大八は伊達家の家臣となって刈田郡矢附村・曲竹村(現在の蔵王町矢附・曲竹地区)に領地を与えられました。

 日本一(ひのもといち)の兵(つわもの)と称えられた幸村公の血脈は蔵王町なくしては語れないのです。

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                                                                            東吾妻町長 中澤恒喜         

 

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総務課

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